小倉尚人という仏画師の展覧会ー令和2年1月14日まで長野県東御市 梅野記念絵画館にて

小倉尚人という仏画師

薬師十二神将

かつて、仏道と画道を「不二の道」として画道に専念し、世間から注目を浴びる中「名利は自分の成長に何の役にも立たない」と、社会との関係を一切断ち、仏画、抽象曼陀羅など多くの作品を残した小倉尚人という仏画師がいらっしゃいました。この方の展覧会が、あくる年1月14日まで、長野県東御市の『梅野記念絵画館』で催されています。

現在ではほとんど知られていない、小倉尚人の作品と魂を感じてほしい、観てほしいとの思いで後援会が発足され、その運営や展覧会スタッフに、私のホームページやショッピングサイトの構築をお願いしているデザイナーの安藤亮太さんが参加されていて、この仏画師の存在を知りました。
今年5月に東京の青松寺にて行われたプレ写真展に伺い、高精度カメラで撮影され、印刷された作品群を拝見し、小倉尚人氏にゆかりのある方々のお話を聞くことが出来ました。

現代アートのような曼荼羅画

胎蔵界曼荼羅9

仏画の域を超え、現代アート的で独創的な抽象曼荼羅には、印刷されたものとは言え、観る者の瞬きすら許さないような圧倒的な威風があり、怖いくらいです。

このプレ写真展で配布されたパンフレットに、私の走り書きで『救われることを求めても、拒絶するような仏画』と謎のメモがあります。後援会の方の言葉なのだと思いますが、この言葉の意味を確認すべく、年明けにでも、本展覧会が行われている長野県東御市まで、足を運ぼうと思います。

東御市は降雪が比較的少なく、車でも行きやすい場所のようです。ご興味を持たれた方は、是非。いろんな意味で、刺激を受けることは間違い無いかと思います。
いつか全国を回ってくれると良いな。


以下、小倉尚人公式サイトより、抜粋


小倉尚人は1944年に満州(旧地名)で生まれ、2009年64歳でこの世を去りました。

東京学芸大学美術科を卒業後仏道と画道を「不二の行」として画道に専念し、30歳から40歳にかけて描き上げた抽象曼荼羅の作品(金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅各9点、計18点は1点が畳二畳の大きさ)は、『芸術新潮』、新聞等多くのマスコミに取り上げられました。

しかし「名利は自分の成長の何の役にも立たない」と、社会との関係を断ち、三十三観音像、羅漢像、釈迦涅槃図など多数の仏画を描き続けました。

その画風には現代美術に通じる独創的なものがあります。

残されている作品は具象画・抽象画を含め約900点以上にのぼり描き上げた仏画等の多くは南相馬市の寺に奉納されました。

最終的には山水画に制作の境地を求めましたが完成することなく64歳の生涯を終えました。

小倉尚人公式サイト↓
https://oguranaoto.com



画像全ては公式サイトより転載しております。
© 2019 小倉尚人展後援会 All rights reserved.